2007年 06月 03日 ( 1 )

マリーザ・モンチ 基本情報 Informação geral

Biografía de Marisa 
マリーザのバイオグラフィー その②

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実は、イタリアへ渡る前のマリーザには、歌を歌う事意外に熱中していたことがあります。

彼女のお母様であるSilviaさんはお針子の仕事をされていたそうですが、マリーザも早いうちから布を縫ったりすることに興味が沸いて、お母様に針の扱い方を学び、いろんなものを作っていたのだそうです。
そう言えば去年の暮れにブラジルのトーク番組に出た彼女は、司会者に促されて彼女の得意とする編み物をカメラの前で披露してましたが、彼女は「手を動かしていたいの」というような事を言ってました。何かをしながら、同時進行でべつのことをするのが好きなんだと。
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「でも本を読むと全ての意識がそっちに言っちゃうからダメ。なにかこう、喋ってても手を動かせること」(そういえばマリーザって喋ってるときも、腕をぶんぶん動かしてます・・・イタリア仕込みなのかなあ、と思って見てましたが)
というわけで、ステージで楽器を持つようになった理由も(これは別のインタビューの答えですが)歌いながら手では何かをしていたいから、というようなことを言ってました。なるほどね・・・本当につくづく五感と身体的機能を全て使って何かを生産したいという、マリーザは徹底的な物作り人間なんですね。

で、話を戻しますが、イタリアへ渡る前にマリーザが熱心にやっていたことは何かといいますと、それはアクセサリー作りなのでした。
しかも作るだけじゃない、なんと大量生産してそれを200個300個単位で小売店に卸していたんだそうです!!凄いですね・・・

18才位だったはずのマリーザはJeff Svobodaという人と組んで、リオのLapa地区に借りた事務所にメーカーの事務所を置き、そこのオーナーを勤めていたのだそうですが、どんなアクセサリー(アクセサリーだけではなく、バックやベルト、日記帳、革製品なども)を作っていたのかというとこれがまたマリーザらしいというか・・・
素材は全てその辺にあるもの、例えば電気のヒューズ(?)だとか、古着のボタン、ぬいぐるみのプラスチックの目玉など・・・
マリーザ曰く「値段は恐ろしく安価で、安価過ぎて大量に作ってたわりには大した儲けもなかった」だそうですが、1986年の経済政策、クルサード・デノミでまで事業は展開されてたようです。
メーカーの名前は一度も存在したことがなかったそうですが(!?)、事業を終えてマリーザはいよいよ本格的歌手生活に入っていくわけです。

で、そのときに作ったアクセサリー、実は今も使ってるんだそうです。
見てみたいのですが、残念ながらそのブツの資料は見つかりませんでした・・・
でも彼女のワードローブを見ていると、なんとなくその嗜好が伺えますけどもね。古着がお好きなようだし。
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そして1986年、いよいよイタリアへ声楽の勉強の為に出発!という展開になるわけです。

By Mari Yamazaki
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by marisamontejp | 2007-06-03 02:29 | Biografia de Marisa