2007年 06月 09日 ( 1 )

マリーザ・モンチ 基本情報 Informação geral

Biografía de Marisa 
マリーザのバイオグラフィー その③
イタリアへ、そしてブラジルへ

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 1986年、19歳の時にマリーザは本格的に声楽を勉強する為に、いよいよイタリアのローマへ渡りますが、ブラジルを長期の予定で離れたその時から、マリーザの中で自分の国である「ブラジル」への思いや興味が客観的に湧き出してきたのでした。
「ブラジルの音楽ばっかりきいていました」とマリーザはその時のことを思い出しています。
 当時ブラジルではブラジリアン・ロックの全盛期ですが、オペラを聴いたり声楽を学んでいたマリーザはライブハウスなどで活動しているミュージシャンの友人たちに誘われて、彼らと一緒にそういった場で、ミルトン、カエターノ、ジルベルト・ジル、ジャヴァンなどといったMPBを司るアーティスト達の歌を歌うようになったのでした。

 そんな様子で良質のブラジル音楽とブラジルにいた頃以上に向き合って過ごしているうちに、マリーザの胸の中は母国ブラジルへの郷愁でいっぱいになってきてしまいます。そして10ヵ月後に帰国を決意。クラシック音楽のメソードを習得するという必然性が彼女の中で感じられなくなってきたことも原因でした。
「歌を歌うのも、クラシックのような単一的な表現方法では満たされないということに気づいたんです。マイクのない時代のアナクロなテクニックを駆使した、そのやり方にも耐えて学びましたが、やはり私はもっとコンテンポラリーな表現をしたかったんです」

 ローマに滞在中、マリーザは同じくローマに滞在中のブラジルのジャーナリスト、そして作曲家であり、作家でもあるネルソン・モッタをたずねます。
 ネルソンは実はマリーザのお母様シルヴィアの友達でもあり、その後のマリーザのサクセスの鍵を握ることとなる人物なのですが、自分を訪ねて来た同郷の若くて探究心旺盛な19歳の女の子マリーザに、彼はちょっとしたチャンスを与えてあげたのでした。
「彼の知り合いといったらジャーナリスト、ミュージシャン達など、本当に面白い人達ばかりでした」と、マリーザはネルソンを振り返ります。
 そしてその出会いから数ヶ月後、素晴らしい人脈を持っていたネルソンの計らいと、そして本当に偶然に偶然が重なるようなかたちで、思いがけないマリーザの小さな初ライブがヴェネチアの小さなバーで行われることになったのでした。

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 さて、10ヶ月ぶりにイタリアからブラジルへ帰国したマリーザは彼女のお姉さんであるリヴィアのプロデュースと、妹のレティシアの恋人で若き映画監督兼プロデューサーでもあるルラ・バルキ・デ・オランダ氏(彼はマリーザのMaisのビデオのディレクターでもあります)の参加で、初ブラジルライブをリオのジャズマニアで開きます。
 そしてその客席に座って只者ではない才能を秘めたマリーザのブラジルのおける初ライブを見つめていたネルソン・モッタ。そこから彼とマリーザの一層深い交友関係がスタートします。
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By Mari Yamazaki
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by marisamontejp | 2007-06-09 04:13 | Biografia de Marisa